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【奈良高専】ホスホニウムイオン液体の高いイオン伝導性の起源を解明

更新:2023年01月24日

〜イオン液体の電気化学デバイスへの応用に向けた指針〜

奈良高専・物質化学工学科・松本充央GEAR5.0特命助教らの研究チームは 、広帯域誘電分光(注1)測定・ラマン分光(注2)測定・テラヘルツ分光(注3)測定を駆使して、ホスホニウムイオン液体(後述)が高いイオン伝導性を示すメカニズムを、アニオンとカチオンの間の分子間相互作用の観点から解明することに成功しました。今回の成果は、Society5.0の実現において重要な燃料電池やリチウム電池などの次世代エネルギーデバイスに適した高性能なイオン液体を開発するための重要な指針になることが期待されます。

本研究成果は、和歌山工業高等専門学校の綱島克彦教授、大阪産業技術研究所の井上陽太郎氏との共著論文として、米国科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry B」に掲載され、Supplementary Coverに選出されました。

論文表紙
採用された論文表紙

◆研究の背景

現在、国立高専機構では、未来技術の社会実装教育の高度化として「GEAR5.0」というプロジェクトを立ち上げ、高専が取り組んできた地域密着・課題解決・社会実装といった強みを活かしオール国立高専で取り組んでいます。その中で奈良高専は、防災・減災(エネルギー)ユニットの中核拠点校となり、次世代エネルギーデバイスの開発を含めSociety5.0を牽引する技術開発に取り組んでいます。この取り組みを通してリーダーを務める奈良高専 山田裕久准教授は、燃料電池用の触媒やリチウム二次電池用の電解質の開発を推進しており、その中で重要な役割を担う材料がイオン液体です。
イオン液体とは、食塩など通常の塩とは異なり、常温常圧で液体状態である塩の総称です。高いイオン伝導性や広い化学的・電気化学的安定性など従来の分子性液体にはない特徴を有することから、二次電池の代替電解質など新たな材料として産業界からも注目されています。イオン液体の性質はカチオンとアニオンの組み合わせによって決まるため、それぞれの応用に合わせて多種多様な分子設計が可能です。望みの物性を持つイオン液体を開発するためには、物性を分子構造と結びつけて理解する必要があります。特に、イオン伝導性はイオン液体の本質的な性質の一つであり、物質輸送特性として応用面でも重要であることから、様々なイオン液体で調査が進んでいます。イオン液体を構成するカチオンとしては、イミダゾリウム・ピリジウム・4級アンモニウム・4級ホスホニウムなどが知られています。これらの中で、4級ホスホニウム型のイオン液体(以下、ホスホニウムイオン液体)は同じアルキル基構造を有する4級ホスホニウム型のイオン液体(以下、アンモニウムイオン液体)と比較して、より高いイオン伝導性を示すことが知られていますが、その理由に関しては不明な点も多く、解明が望まれていました。

◆研究の成果

まず同グループは、広帯域誘電分光測定を実施し、ホスホニウムイオン液体とアンモニウムイオン液体の両方で、イオン分子の回転運動(双極子緩和)と並進運動(イオン伝導)が協同的に起こっていることを実証しました。同様の現象はイオン伝導性固体などでは古くから知られており、分子の回転運動によって隣接する他のイオンが輸送される様子が、まるで回転ドアによって人が輸送されるかのように見えることから、回転ドア機構と呼ばれることもあります。最近の研究で、イミダゾリウム系などのイオン液体で同様のイオン伝導機構を指示する結果が報告されていましたが、ホスホニウム系イオン液体とアンモニウム系イオン液体において同機構を指示する結果が得られたのは同グループらの報告が初です。
次に同グループはホスホニウムイオン液体の速い回転運動について考察するため、ラマン分光測定を実施し、アニオンのコンフォメーション平衡と、そのエンタルピー変化を評価しました。その結果、イオン液体中のカチオンがアニオンのコンフォメーションに影響を与えるものの、その影響は4級ホスホニウムカチオンの方が4級アンモニウムカチオンより小さいことが分かりました。最後に、テラヘルツ分光測定の結果から、ホスホニウムイオン液体の方がアンモニウムイオン液体よりカチオン-アニオン間の分子間相互作用が小さいことを明らかにしました。これらの結果は、ホスホニウムイオン液体は、カチオン-アニオン間の束縛が比較的弱いために、イオンの回転運動が促進され、イオン伝導性が高くなることを示唆しています。

論文表紙
(右から)松本特命助教・専攻科2年竹内一輝さん


◆研究者のコメント(奈良高専物質化学工学科 松本充央特命助教)

奈良高専・山田裕久准教授の研究グループでは、ホスホニウムイオン液体を電気化学デバイスに応用するための研究を進めており、どのような構造のイオン液体が応用に適しているのか検討を重ねてきました。しかし、それらの結果を科学的に説明するためには、経験則に頼ることなく、イオン液体の構造や物性を分子レベルで理解することが必要だと感じ、本研究を着想しました。本研究では、3つの異なる手法を駆使して、時間スケールの異なる分子運動を統一的に解釈することで、イオン液体のマクロな物性とミクロな構造を結びつけることに成功しました。それぞれの結果が、きれいに一つのストーリーで解釈できるとわかった時は非常に感動したことを覚えています。本研究で実施した測定のいくつかは、本校共通機器管理センターが保有する最先端機器を活用することで実現できました。また、本論文では本校専攻科生が測定したデータも多数使用しており、学生の協力なしでは成しえなかった成果と思っています。今後は、別の測定方法やアプローチでホスホニウムイオン液体の構造をより深く理解し、私たちが目指すイオン液体の電気化学応用に知見をフィードバックできればと思います。

◆用語解析

注1) 広帯域誘電分光:物質に外部から交流電場をかけた際の分極の応答の速さを評価することで、対象物質の分子運動に関する情報を得る手法。データは交流電場の周波数に対する複素誘電率の関数として得られ、一般的な場合と比較して測定周波数の範囲が1-2桁程度広いのが特徴。
注2) ラマン分光:物質に光を照射すると、その一部は入射光とは異なる波長で散乱されます(=ラマン散乱)。ラマン散乱光の振動数は物質の固有振動数と一致することから、ラマンスペクトルを測定することで物質の分子構造、結晶構造、コンフォメーションなどを評価することが可能。
注3) テラヘルツ分光:テラヘルツ光(1 THz = 1012 Hz)を物質に照射し、透過したパルス光の振幅と位相の時間変化をフーリエ変換することで物質の誘電率や屈折率の周波数依存性を調べることが可能。テラヘルツ領域の分子運動は、分子間振動や格子振動に相当することから、分子間相互作用や結晶構造の評価で活躍が期待されている比較的新しい分光手法。

【論文情報】

著者:Mitsuhiro Matsumoto, Kazuki Takeuchi, Yohtaro Inoue, Katsuhiko Tsunashima, and Hirohisa Yamada
論文タイトル:Molecular Insight into the Ionic Conduction of Quaternary Ammonium and Phosphonium Cation-Based Ionic Liquids Using Dielectric and Spectroscopy Analyses
雑誌名:The Journal of Physical Chemistry B
DOI:10.1021/acs.jpcb.2c06110

◆参考

・奈良高専 共通機器管理センター
・和歌山高専 綱島研究室
・大阪産業技術研究所
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